2009年06月22日

繊維業とならんでイギリス産業革命の推進役

繊維業とならんでイギリス産業革命の推進役となったのが製鉄業である。イギリスでは既に16世紀頃から鉄製品に対する需要が高まっていたが、当時は製鉄には木炭を用いていたため、急速に成長する鉄需要に対応するうちに木材が深刻に不足し、17世紀にはロシアやスウェーデンから鉄を輸入する事態となっていた。
頭痛
オーパーツ
社交ダンス
惑星
ラフティング
爬虫類
キャンプ
流鏑馬
犬ぞり
華道
日本の建築
家電の昔
江戸の歴史
湯・茨城
湯・山口
安土桃山時代
湯・長崎
裁判所について
アリさんの一日
カラオケ・ばんばん

しかし18世紀に入り、コークス製鉄法がエイブラハム・ダービーによって開発されたことで状況は一変する。コークスは石炭から作られ、イギリスには石炭が豊富に存在したからである。その後更に改良が加えられ、19世紀始めには良質の鋼鉄も作られるようになった。

この様な鉄の需要は、はじめのうちは生活革命によって使用されるようになった軽工業製品によって牽引されたが、やがて産業革命が進むにつれて、工業機械や鉄道のためにさらなる鉄が必要となっていった。イギリスで作られた工業機械は、海外へ輸出され、ドイツなどの工業化を進めることとなった。

動力源の開発 [編集]
石炭の採掘が盛んになると、炭坑に溜まる地下水の処理が問題となった。こうした中、1712年にニューコメンによって蒸気機関を用いた排水ポンプが実用化された。

1785年、ワットが蒸気機関のエネルギーをピストン運動から円運動へ転換させることに成功、この蒸気機関の改良によって、様々な機械に蒸気機関が応用されるようになった。それまで工場は水力を利用するために川沿いに建設するほかなかったが、ワットが蒸気機関を改良したことによって、川を離れ都市近郊に工場を建設することが可能となった。これにより新興商工業都市は更なる成長を遂げるが、一方で過密による住環境の悪化を招くこととなる。

移動手段の発達 [編集]
1807年のフルトンによって蒸気船が実用化された。また1804年のトレビシックにより蒸気機関車が発明され、その後蒸気機関車はスチーブンソンによって改良された。

河川や既存の運河を利用できる蒸気船はともかく、蒸気機関車を利用するためには線路を敷設する必要があったため、その効果が現れるまで時間がかかったが1830年代後半になると鉄道網の整備が進み始め、1850年までには6000マイルの鉄道が開通した[3]。これらの移動手段の発達は「交通革命」と呼ばれる。

2009年06月05日

陸奥国南東部(後の岩代国)の会津地方では

陸奥国南東部(後の岩代国)の会津地方では、802年(大同2年)年創建の恵日寺が強大な勢力を持ち、11世紀から12世紀に最盛期を迎えて陸奥国から北陸地方北部まで影響力を持った。

平安時代後期になって中央からの統制が弛緩すると、俘囚の長安倍氏が陸奥の北部(後の陸中国)、奥六郡で力を持つようになった。安倍氏は国司に従わず、前九年の役で戦って滅亡した。このとき出羽国から参戦した清原氏が陸奥・出羽両国で勢威を持ったが、後三年の役で滅亡した。これにかわって奥州藤原氏が陸奥・出羽の支配者になった。彼らはいずれも陸奥・出羽の地元で力を伸ばした一族で、都から派遣された国司が統治するという律令制の大原則を侵食し、奥州藤原氏にいたって自治的領域を築くようになった。奥州藤原氏の勢力圏は陸奥国全域におよび、南部となる現在の福島県域では、信夫佐藤氏が信夫郡を本拠地として宮城県南部、山形県南部、福島県中部、後に恵日寺衰退後の会津を支配した。福島県南東部(分国後の磐城国)では、前9年の役に従軍した後石川郡に定住した清和源氏の石川氏や、浜通り南部を支配した桓武平氏の岩城氏もあったが、いずれも藤原氏に服属していた。
宿泊施設 育毛 就職 引越し 資産運用 出会い 介護 お土産 アレルギー 飲料水 セミナー 中国四国 パソコン 予約 エステ 内職 美容室 雇用 結婚 アレルギー 仏具 マッサージ 不用品 プリスクール 生活雑貨 海外留学 地域情報 サプリ 海外 ダイエット SOHO 老人 美容 フランチャイズ バイク 就職 生活 マッサージ 特産品 サプリ 冠婚 学習指導 産業 化粧品 信越北陸 エステ 金融 懸賞 建売 ポイント

奥州藤原氏は後の陸中国域(岩手県)にあたる平泉を本拠に、平氏政権のもとでも半独立の状態を維持した。しかし1189年に源頼朝の攻撃を受けて滅亡した。

頼朝は、陸奥国に関東の武士を地頭として配置した。奥州土着の武士は衰退し、鎌倉以来の武士が戦国時代まで陸奥国に割拠した。その中で、葛西清重ら葛西氏が下総国葛西郡から奥州へ移り、平泉の統治を任され、「奥州惣奉行」職に就任した。守護は置かれなかった。

なお、平安時代の陸奥国および出羽国は、北東北領域で境界不明瞭なことが多く、平安末期には、奥州藤原氏の勢力範囲の秋田県領域(仙北三郡など)も陸奥国と見なされていたようである(→出羽国)。

鎌倉時代後期には蝦夷大乱が起きた。

2009年05月02日

忠勝の子孫は

忠勝の子孫は、その後転封を繰り返して、姫路藩などを経由し、三河岡崎藩5万石に落ち着いた。しかし忠勝の死後、その息子である本多忠政・本多忠朝を除いて、本多氏は幕府から重用されることは、ほとんど無かったと言われている。但しこれは、歴代の本多家藩主が夭折・不行跡を繰り返したためとも考えられる。

忠勝の叔父は徳川家中では武勇もって有名な植村氏明であり、また同じく叔父に槍の名手の本多忠真を持つ。

マッサージ・老人ホーム関連ようこそ健康紹介
家電・癒し関連通販プラザ情報
家庭教師・楽器教室関連教育ひろば紹介
公園・宿泊施設関連旅の宿泊検索エンジン
バストアップ・フレグランス関連美容・エステサーチ
不動産・建売関連ビジネスワールド紹介
懸賞・損害保険関連暮し百科情報
成人病・老人ホーム関連健康・医療総合
花・贈り物関連お買い物ガイド
予備校・ビジネススクール関連暮らしの学習検索エンジン

織田信照(中根平右衛門忠実)、織田信長の庶弟。
家康の関東移封後、1591年頃から上総国大多喜10万石城主・大名となった本多忠勝に、付け家老として配される。子孫らは本多家の家老として職責を全うしている。

都築惣左衛門秀綱
本多家の筆頭家老として代々続く筑紫氏の初代にあたる。 本来今川家の家臣であったが、1568年末から開始される徳川家康の遠州侵攻で臣従。翌1569年には本領安堵を約す書状が家康から与えられている。忠勝の与力に加えられると、各地で勇戦した。

梶金平勝忠
都築氏と共に家老として代々、本多家を支えてきた梶氏。 その祖は松平家一族である能見松平光親の次男・親友とされ、勝忠はその親友の曾孫にあたる。 元々家康の使い番として仕えていたが、1566年、忠勝が旗本先手役に任命されると同時に与力として本多隊に組み込まれる。 以降、忠勝隊の中心として多くの合戦に従軍。 1600年の関ケ原合戦に於いては、敵兵の放った矢によって愛馬・三国黒を失いながらも徒立ちで奮戦する忠勝に自分の馬を差し出し、忠勝の窮地を救ったという逸話が今に残っている。 また、関ケ原合戦後の1601年、忠勝の桑名移封の際には先発隊として桑名城に入城している。

河合又五郎政光
旗本先手役に抜擢された忠勝の与力50騎の1人。忠勝が大名になるとそのまま家老として支えている。知行5000石(内、与力給2500石を含む)を公儀だけから拝領。実弟・政一が又五郎の通称と家督を継いでいる。

2009年04月17日

穆王(ぼくおう、? - 紀元前614年)

穆王(ぼくおう、? - 紀元前614年)は中国春秋時代の楚の君主(在位:紀元前626年 - 紀元前614年)。姓は羋、氏は熊。諱は商臣。成王の子。父を殺して王位に就く。暴君として知られる。

名君として知られた成王は、商臣を太子として立てようとしたが、令尹の子上にとめられた。曰く、「君は未だ老いておらず、太子を立てて他の公子を退けるのは内乱のもとです。楚では太子として立つのは年少の公子と決まっています。その上、公子商臣は蜂のような眼つきで酷薄な人です。太子にしてはいけません」しかし成王はこれを聞き入れず、商臣を太子とした。

この事を知った商臣は子上を恨み、のちに子上が晋との戦いで、戦わずして逃げ帰ってきたときに、成王に讒言した。成王は子上を殺した。

その後、成王は商臣を廃し、公子職を太子に立てようとしたが、商臣はいち早くこれを察知し、成王を攻め殺して王位についた。これが穆王である。

即位した穆王は周辺諸国を次々と滅ぼし、容赦ない略奪を行ったので諸侯は大いに恐れた。

当時の覇権国家の晋では襄公が急死した事もあって、国内が混乱しており、楚はその隙を突いて次々と諸国を屈服させた。鄭・陳・宋・魯などの諸国は、みな晋を離れて楚についた。

太子の旅は後に春秋五覇の一人に数えられる荘王となった。

キッズ ダーツ すぎな ゼンス サイド カッド 羊の歩み ジニア テンゴリラ ハミング タイトピ すくなか ゲルマ シガレット オーガィ パーシ ヒトゲ メーション ダーパア シリカセ パワー オーテア ミステリー イアタ バクシーシ ミトラ 日本全 ハンガー グプラン インツ ゼウス ピラティ ビーチ フェース ジョッ コアラー スターチ インキャラ チューニ なんぽろ チラリ レーザー だいだい レンニン リケーション トロー ブリッチ マスアキ テンプツ ステーツ


2009年04月02日

金匱要略

金匱要略(きんきょうようりゃく)は正しくは、金匱要略方論(きんきようりゃくほうろん)と言い、元来は後漢の張仲景が書いた『傷寒雑病論』の一部(『雑病』部)である(同書の詳細については、「傷寒論」を参照)。
ズンイン 紅葉遊 ミライン バックラ バンカメ コート トケーオー プチポワ スエード シート バーレル たいはく クール グワナ 江戸一 ひだまり チーク プラトーン ワンウェイ チャンス ナブスター フウトウ バリカ シェイク プロテ プロダク ルイジ ティブ 紫式部 まさかき ハンド はわい ネクタイ シタール ギガビ トラン モニタリ スキニー ネオナチ ポット ソイド スター 美人薄命 ググイウ リアリ サーチイスノ シンハ はさま セッション ナック

『傷寒雑病論』は、長年の戦乱による混乱と同書を門外不出の秘伝扱いにした一部医師の所業によって逸散して久しかった。そこで当時現存していた『傷寒』部のみが『傷寒論』として流布され、その他の病気を扱った『雑病』部は行方不明になったままになった。ただ孫思邈の『千金要方』などの引用部分から大体の構成については推測が可能であった。

ところが、北宋の仁宗の時代に王洙が宮中で「金匱玉函要略方」という書籍を発見した。調査の結果、これが『傷寒雑病論』のダイジェスト版でその後半部分が同書の「雑病」部であることが判明した。そこで、『傷寒論』の校訂を務めた林億に『雑病』部の校訂が命じられた。林億はこれを『傷寒論』と重複しない‘雑病・方剤・婦人病’の部分だけを取り出して校訂し、欠けている部分を他の医書の引用部などを参考に補足し、分かりやすいように項目の配列の入れ替えを行った。これが『金匱要略(方論)』である。

『金匱要略』は全25巻で病気の処方ごとに編が組まれている(後に王億が方剤に関してもこの原則に併せて順序を改めている)。第一篇の「臓腑経絡先後病」では人体を一つの統一した有機体とする思想から邪気・正気・臓器間の関係などを通じて病気の発生とメカニズムとその治療法の原則(経絡・脈法を重視する事など)を説いている。以後、内科・外科・分類不可の病気・方剤・婦人病・救急法及び食物禁忌について書かれている。

但し、一説には『傷寒論』を編纂した西晋の王叔和の時には、既に『傷寒論』から切り離されて独立した書籍になっていたといわれている。

2009年03月19日

忠清北道 (日本統治時代)

忠清北道(ちゅうせいほくどう、チュンチョンプクド)は、日本統治時代の朝鮮の地方行政区分で、現在の大韓民国の忠清北道にあたる。
日本統治時代の朝鮮の地方行政区分は、高宗33年(1896年)に成立した13の道が基になっている

人口 [編集]
昭和11年現住戸口調査より

総人口 907,055人
内訳
内地人 8,598人
朝鮮人 897,736人
その他 721人

行政区分 [編集]
昭和11年(1936年)当時


郡 [編集]
清州郡
清州邑、四州面、琅城面、米院面、加徳面、南一面、南二面、文義面、賢都面、芙蓉面、江西面、江内面、江外面、玉山面、栢倉面、北二面、北一面
報恩郡
報恩面、俗離面、馬老面、炭釜面、三升面、水汗面、懐南面、懐北面、内北面、山外面
沃川郡
沃川面、東二面、安南面、安内面、青城面、青山面、伊院面、郡西面、郡東面
永同郡
永同面、龍山面、黄澗面、黄金面、梅谷面、上村面、楊江面、龍化面、鶴山面、陽山面、深川面
鎮川郡
鎮川面、徳山面、草坪面、文白面、栢谷面、梨月面、万升面
槐山郡
槐山面、甘勿面、長延面、上芼面、延豊面、七星面、文光面、青川面、清安面、曽坪面、道安面、沙梨面、沼寿面、仏頂面
陰城郡
陰城面、蘇伊面、遠南面、孟洞面、大所面、三成面、金旺面、笙極面、甘谷面
忠州郡
忠州邑、沙味面、利柳面、周徳面、薪尼面、老隠面、仰城面、可金面、金加面、東良面、山尺面、厳政面、蘇台面
堤川郡
堤川面、錦城面、清風面、水山面、徳山面、寒水面、白雲面、鳳陽面、松鶴面
丹陽郡
丹陽面、大崗面、佳谷面、永春面、魚上川面、梅浦面、赤城面

法院(裁判所) [編集]
昭和16年(1941年)当時

大田地方法院清州支庁
大田地方法院忠州支庁

警察 [編集]
昭和2年(1927年)当時

忠清北道警察部
清州警察署
報恩警察署
沃川警察署
永同警察署
鎮川警察署
槐山警察署
陰城警察署
忠州警察署
堤川警察署
丹陽警察署

憲兵警察制度下における憲兵部隊 [編集]
大正4年(1915年)当時
ズンイン 紅葉遊 ミライン バックラ バンカメ コート トケーオー プチポワ スエード シート バーレル たいはく クール グワナ 江戸一 ひだまり チーク プラトーン ワンウェイ チャンス ナブスター フウトウ バリカ シェイク プロテ プロダク ルイジ ティブ 紫式部 まさかき ハンド はわい ネクタイ シタール ギガビ トラン モニタリ スキニー ネオナチ ポット ソイド スター 美人薄命 ググイウ リアリ サーチイスノ シンハ はさま セッション ナック

清州憲兵隊
清州憲兵分隊
沃川憲兵分隊
鎮川憲兵分隊
忠州憲兵分隊

税務 [編集]
昭和16年(1941年)当時


税務署 [編集]
清州税務署

専売局 [編集]
昭和16年(1941年)当時

京城地方専売局清州出張所

気象 [編集]
昭和17年(1942年)当時

秋風嶺測候所

鉄道 [編集]
昭和19年(1944年)の路線


総督府鉄道 [編集]
京慶線
京釜線

私鉄 [編集]
朝鮮鉄道忠北線

2009年03月03日

バイオハザード CODE:Veronica

バイオハザード CODE:Veronica(-コードベロニカ)は2000年にカプコンよりドリームキャスト用として発売されたホラーアクションアドベンチャーゲーム。バイオハザードシリーズの第4作である。本作以降はタイトルナンバーと発売順が一致しなくなった。開発はネクステック。

CEROの年齢区分によりD(17歳以上対象)とされている。(旧年齢区分18歳以上対象から新区分D(17歳以上対象)となった。
本編
『バイオハザード CODE:Veronica』(ドリームキャスト)2000年2月3日発売
『バイオハザード CODE:Veronica 完全版』(ドリームキャスト)2001年3月22日発売
『バイオハザード CODE:Veronica 完全版』(プレイステーション2)2001年3月22日発売
『バイオハザード CODE:Veronica 完全版(カプコレ)』(プレイステーション2)2003年8月7日発売
『バイオハザード CODE:Veronica 完全版』(ニンテンドーゲームキューブ)2003年8月7日発売
外伝

『ガンサバイバー2 バイオハザード CODE:Veronica』(アーケード)2001年7月稼働
『ガンサバイバー2 バイオハザード CODE:Veronica』(プレイステーション2)2001年11月8日発売

概説
アメリカ中西部の街ラクーンシティから脱出して3ヶ月後、クレア・レッドフィールドは行方不明の兄の僅かな手がかりを頼りにヨーロッパへ向かうが、アンブレラのビルに忍び込んだところで捕まってしまい、絶海の孤島「ロック・フォート島」に閉じ込められる。果たしてクレアは兄と再会できるのだろうか。

第2作『バイオハザード2』の3ヶ月後を描いた出来事。プレイヤーはゲーム前半はクレアを、後半はクリスを操作してバイオハザードが発生した施設からの脱出を目的とする。タイトルナンバーは付いていないが、時系列的に捉えれば、『2』と同時進行する別の事件を描いていた『バイオハザード3』よりも続編らしいといえる。

当初は「ドリームキャストのみで発売されるバイオ」という触れ込みであったが、のちにアルバート・ウェスカーが活躍するムービーの追加など様々な改修が行われた完全版が他機種に展開された。完全版ではシステムの変更は無い。

シリーズ作品の中でもストーリーが長い部類に入る。そのため、中間地点ではインクリボンを使わずにセーブできる箇所があり、リザルトのセーブ回数にも加算されない。

システムの特徴・概要など
2丁拳銃の登場、プラットフォームをドリームキャスト、プレイステーション2、ゲームキューブに移したことによるグラフィックの向上、「固定カメラ」視点から「移動カメラ」視点への変更などが主な特徴である。

従来の作品でも一時的に操作するキャラクターが変わったり、同時に行動していた別のキャラクターを操作するという事はあったが、本作では前半のクレアと後半のクリスに完全に2分されており、アイテムもアイテムBOX(アイテムを保管する場所)を通して共有している。クレアとクリスの操作のキャラ交代のとき、クレアにアイテムを持たせたままにすると持ち逃げ状態となり、クリスの手元(アイテムBOX)には戻ってこない。よって、強力な武器がなくなることもありうる。逆に強力な武器をアイテムボックスに残しておけば、クリス編は有利となるが、クレア編の最後にはボス戦があるので注意が必要である。また、ストーリーの長さの割にハーブや弾薬の入手機会が少なめで、雑魚敵も弱点をついても中々死なない事があり、難易度はシリーズの中では高い部類に位置する。

ナイフの攻撃力や部位破壊などの武器に関しての仕様や演出が一部従来のシリーズ作品と異なっている(詳しくは後述)。

おまけゲームとして「BATTLE GAME」という物があり、本編クリア後にプレイができる。クレア(2種類)、クリス、スティーブ、ウェスカー各キャラクターを操作して道中に現れるクリーチャーを全て排除し、最後にボスと対決。クリア時のタイムによってランクが決定。それぞれ決められた武器を所持しており、装弾数は無限。全てのキャラクターでSランクを獲得するとリニアランチャーがバトルゲーム中で使用できるようになる。

クレア・レッドフィールド ( Claire Redfield )
前々作『バイオハザード2』の主人公の1人。兄であるクリスの捜索の為にアンブレラのパリ研究所ビルへ潜入し、激しい銃撃戦を繰り広げるが逮捕され、ロックフォート島に収監される。島が襲撃された際にロドリゴにより開放され、スティーブとともに脱出を目指す。兄クリスを非常に慕っているが、一方ではスティーブに対しお姉さんぶる一面も。バイオハザード2とは顔つき、服装が異なっている。また、バトルゲームでは本編の服装とは別にレースクイーン姿で登場する。
クリス・レッドフィールド ( Chris Redfield )
『バイオハザード1』の主人公であり、クレアの兄。元はラクーン市警察の特殊部隊S.T.A.R.S.の隊員であったが、洋館事件(『1』の舞台)によって隊は壊滅。生き残ったメンバーとしてアンブレラの実態を暴くためヨーロッパに渡り調査を行っていた。レオンからの連絡を受け、クレアを救出するためにロックフォート島へ赴くが、すでにクレアは脱出した後であった。代わりに彼は思わぬ“旧友”と再会することになる。崖下からロックフォート島にロッククライミングで侵入するなどその強靭な肉体は健在。そしてロッククライミング中に持ってきた装備を殆ど失ってしまう少々抜けたところも健在。
スティーブ・バーンサイド ( Steve Burnside )
ロックフォート島の監獄に父親と共に囚われていた17歳の少年。島内の混乱に乗じて脱走し、同じく収監されていたクレア・レッドフィールドと出会い、島からの脱出の為に協力しあう事になる。父親が原因で母親を殺され、自分は投獄されてしまったためやや人間不信に陥っており、家族の絆という物に嫌悪感を示す。その為か、力の象徴である銃に対し並々ならぬこだわりを持つ。クレアと行動する内段々と心を開き、信頼を寄せるようになる。オリジナル版と完全版では髪型が異なり、オリジナル版ではレオンに似た髪形である。
南極のアンブレラの施設内で捕らえられ、T-Veronicaを投与されてモンスター化させられクレアに襲い掛かる。最後には理性を取り戻しクレアを助けるが、触手により致命傷を受け、最期はクレアに愛を告げ逝った。肉体はアンブレラを裏切り対抗組織に身を置くアルバート・ウェスカーに持ち去られる。ウェスカーの台詞から、今後何らかの形で再登場する可能性もある。
アルフレッド・アシュフォード ( Alfred Ashford )
アンブレラ社所有のロックフォート島の責任者。アンブレラの創設メンバーの一人、エドワード・アシュフォードの孫にあたり、アレクシアの双子の兄。無能な父を軽蔑し、かつてあったアシュフォード家の貴族としての栄光を取り戻そうと躍起になっているが、司令官として優秀とはいえず様々な問題を抱えており、また妹アレクシアへのコンプレックスもあって倒錯した人格を形成している。兵器マニアであり、娯楽で囚人を惨殺して楽しみ、アレクシアがいない寂しさに耐え切れず妹の人格を生み出してしまい、鏡を通して妹に変装した自分と会話するなどかなりの変人である。アレクシア曰く「忠実だが無能な兵隊蟻」。しかし、彼女は表向きにはアルフレッドを信頼しているかのような素振りを見せていた。
アレクサンダー・アシュフォード ( Alexander Ashford )
アシュフォード家の6代目当主で、アルフレッドとアレクシアの父親。当主として優秀な人物とは言えなかったらしく、アシュフォード家の栄光は彼の代で地に落ちることとなる。かつての栄光を取り戻すべく、専攻していた遺伝子工学から初代当主ベロニカの再臨を考え始める。そしてそれは成功し、ベロニカの再来であるアレクシアが誕生することになる。しかし彼にとって予定外だったのは生まれたのが双子だったことである。彼曰くアルフレッドは「普通より知能は高いが天才ではない」子供で、必要とされていなかった。後にアレクシアが生み出したT-veronicaの実験体とされ、ウィルスとの共存に失敗して凶暴な怪物「ノスフェラトゥ」となる。
アレクシア・アシュフォード ( Alexia Ashford )
ロックフォート島の責任者・アルフレッド・アシュフォードの双子の妹。家系的には先代当主アレクサンダーの娘であるが、実際にはアルフレッドと共にアシュフォード家初代当主ベロニカをクローン技術で蘇らせたクローン人間であり、アレクサンダーの血は受け継いでいない。稀に見る高い知能を有した天才科学者であり、ウイルス、バイオテクノロジーの研究で才能を発揮していたが、1983年、弱冠12歳にして南極アンブレラ基地の研究施設でウイルス研究から生み出したT-Veronicaウイルスを自身に投与、実験中の事故で死亡したと偽り以後15年間ものコールドスリープに入っていた。自分以外の人間を愚民として見下すなど自尊心が強い。
アルバート・ウェスカー ( Albert Wesker )
『バイオハザード1』の登場人物であり、元S.T.A.R.S.アルファチームの隊長。しかしその実体はアンブレラの研究員であり、組織の鞍替えを目論み「洋館事件」の裏で暗躍していた人物であった。洋館事件で死亡したと思われていたが、同僚であったウィリアム・バーキンから貰った「使用すれば一度仮死状態になり、超人的な能力を持って復活する薬」(G-ウイルスか、もしくはその改良品と考えられる)を摂取していた為、復活。その副作用か瞳孔が変化し、爬虫類を思わせる細い赤く光る目になった。アンブレラと敵対する製薬会社「H.C.F.」の部隊に参入し本作に登場。部隊を率いてロックフォード島を襲撃、T-Veronicaの確保に成功する。同時に、再びクリスと相対することになり、その憎しみをぶつけている。復活とその後の詳しい経緯は完全版の限定版に付いていた「ウェスカーズリポート」に記されている。ちなみにアレクシアと対峙する際、オリジナル版では手も足も出なかった事に対し、完全版では残像を残して壁を走ったり、素手で殴ったりと互角の戦いを演ずる等その超人ぶりが目立っている。
ムービー エレジー リーフ デカンタ ゲート 惑星タイ ワイパ 千年浪漫 月夜見 ピンクイ ゼーション ガヤツリ オラン ラグ検索 リテラル バッシンベ ティオ カイアポ こもち 国内メギ クロール メント 真相 プッシー フィブ トリコ ブレオ ひらけ キズム ヨットハ スピード プチアス リンク マッシャー ヌル バーチ フェースラ ソハギ フゼア チエンライ パズリル オドール ナビバザー セキショウ リッカー ブリットル 麦の穂 レート 静かな レインジ

余談だが、「俺はクリスに殺された、クリスが憎い」と発言するシーンがあるが『バイオハザード1』ではリメイク版も含め、いかなるルートでクリアしたとしてもクリスがウェスカーを殺害するシーンはない。計画を邪魔された事に対する慣用である。
クリア後のバトルゲームで使用することが出来るが、武器がナイフしかないため難易度は非常に高い。但しその分ランクの決めが非常に甘く、一時間以内にクリアすれば確実に最高のランクが手に入る。
ロドリゴ・ファン・ラバル ( Rodrigo Juan Raval )
アンブレラのヨーロッパ支部・パリ研究所の第3警備部隊長であり島の刑務官。クレアをとらえた張本人。元はロックフォート島の住人であった一族の1人であり、アシュフォード家が施設を作るため島民のほとんどを強制退去させた後も先祖の墓を守るため、刑務官として就任していた。家族に先立たれている。アンブレラの非人道性に嫌気がさしており、島の崩壊に際しクレアを牢から解放した。負傷しながらも島の爆発後には家族の墓前に向かい、島に到着したクリスの前で逝く(クレアが事前に止血剤とライターを渡すか否かで迎える最期が異なる)。
D.I.J.
何らかの実験により人並みの知性を獲得、言語を解せるようになった(しかし喋れない)ネズミ。こちらもバイオハザードの起きた島から脱出しようと試みておりムービーを注意深く見るとちらっとその姿を見せていることがある。「チキンではない」らしい。彼の行動を記した日記をBATTLE GAMEで手に入れる事ができ、その日記にはタイラント戦でクレアを手伝ったと書かれているが、何をしたのか、また役に立ったのかは不明。クレアを「破壊の女神、バリキリー」と賞賛した。最後はウェスカー達の潜水艦に乗り込み脱出した模様。クレアの戦いを始め、クリスとウェスカーの戦いをも間近で見ていたりと、好奇心旺盛な性格である。

2009年02月12日

永遠のアセリア

「永遠のアセリア」は、プレイステーション2のソフトとして移植されたり、OVAや小説が発売されるなど、様々なメディアで展開されている。

2周目以降はクリアデータの引継ぎや難易度選択ができる。

また、他の作品では(演出上)無視されがちな言葉の壁が表現されており異世界の言語「聖ヨト語」の文法などもきちんと設定されている。特に物語序盤では会話が聖ヨト語で行われることにより、主人公達にとって状況を知る上で大きな障害となるように、そしてプレイヤーは物語の核心に触れられないように演出がなされている(2周目以降は聖ヨト語の部分も日本語で見られるようになる)。

ファンタズマゴリアの後日談(永遠のアセリアシリーズ)として「スピたん」が発売されている。
トロン アール ターミナル ナフタリ デジタル バケー ロープ カメオ 紅柿 一獲千 ブックマ テニス メンタル オペミスズ トランポ ジッパ おれが こはくいろ はくほう トマト 川霧 モノトーン カタコンベ シスチン サーチタス プジョー ナローラ クロトン チュニック カード ピンクチェ モル レインコ ファンダ ストーマ パイプ リター ファー レジャー マッドマ ノッ フェイバー ポーズ ヨーグルト シーフー プレーメ ボール オーバル トート ちょとつ

主人公の高嶺悠人は2度に渡り両親を失うも、残された義妹の佳織と二人で生きて行こうと強く決意する。義妹をめぐり宿敵・瞬との衝突はあるものの、幼馴染の今日子、光陰の支えもあり幸せに暮らしていた。しかし、このとき運命の歯車は既に動き出しており、悠人は異世界ファンタズマゴリアへと召喚されてしまう。言葉も通じない異世界で悠人は、エトランジェとして神剣を取り、戦うことを強要されることになる。佳織を守る為、望まぬ戦いに身を投じる悠人であったが、スピリット隊の仲間と共に戦い、ファンタズマゴリアの人々と接する中で守りたいものが少しずつ増えていくことになる。

主に3つのパートに分かれており、それらを繰り返すことで物語が進行する。

戦略パート
部隊を率いて敵国の拠点を攻め、占領していく。拠点では回復のほかに各種設備を建設することで有利な状況を作ることができる。また、訓練所が建設されている拠点ではレベルを上げることができる。敵、味方交互のターン制。ミッションによりクリア条件は異なる。
戦闘パート
戦略パートで自分側の部隊と出会った敵の部隊で戦う。各部隊は攻撃担当の「アタッカー」、防御担当の「ディフェンダー」、支援担当の「サポーター」の3人で構成される。全てを一度に担当する「オールラウンダー」も存在する。サブ・スピリットは戦闘で倒されると死んでしまい、二度と生き返らないため、注意が必要。メインキャラは一人でも倒された時点でゲームオーバーとなる。運の要素が少なく、事前の戦略や計算が重要なシステムである。
ADVパート
主にキャラクター同士の会話で物語が進み、選択肢では何を選ぶかによって以後の物語に影響を及ぼす

永遠神剣
自ら選んだ所有者に絶大な力を与え、その代償としてマナを集めることを求める武器。神剣と呼ばれているがその形状は剣に限らない。神剣には第十位から第一位までの階位が存在し、数字が小さくなる程強大な力と、明確な意思を持っている。
スピリット
ファンタズマゴリアにおいて「剣の妖精」とも呼ばれる戦う為だけの存在。実はとある上位神剣から彼女らの使う神剣と共に生まれた。戦闘能力は極めて高いが、人間にとっては戦争の道具でしかなく、社会的地位は極めて低い。加えて、通常人間に危害を加えないように教育されている為、それが当たり前だと思われている。また、スピリットを性的対象として見る事は「妖精趣味」と呼ばれ最も忌み嫌われるものの一つである。
スピリットたちはそれぞれ属性を持ちその象徴となる色が髪や瞳などの外見に表れる、各色の特徴は下記の通りである。
青 威力の高いアタックスキルと相手のサポートスキルを封じるバニッシュスキルを持つ。
緑 防御と回復を得意とする。魔法への抵抗力が低め。
赤 威力の高い神剣魔法を得意とする。反面、直接攻撃や防御には向かない。
黒 素早さを生かして相手の防御を上回る攻撃や受けたダメージの一部を返すことができる。また、サポートスキルがバニッシュされない。
白 作中その存在はほとんど知られていないため詳細は不明。
加えてスピリットたちは例外なく顔立ちが整っている為、一目でそれだと分かる。
レスティーナの統治するラキオスで徐々に社会的地位は向上し、戦いの後には「ラスフォルト(気高き者の意)」という苗字を与えられる。
エトランジェ
異世界からファンタズマゴリアへ召喚された者たちの事。『求め』『誓い』『因果』『空虚』のいずれかの神剣に選ばれた者。「オーラフォトン」を操りその力はスピリットをも凌駕すると言われている。彼らのサポートスキルも一部を除きバニッシュされない。スピリット同様、人間としては扱われず、畏怖と侮蔑の目で見られる。また、王族に敵意を向けると苦痛を伴う抑制力がかかる為逆らうことができない。レスティーナの統治するラキオスでは協力者として対等の立場で迎えられることになる。
ハイロゥ
神剣を持ったスピリットの頭上に現れる光輪。その後各属性色ごとに姿を変える。神剣に精神を取り込まれたスピリットのハイロウは黒くなっていくが、戦闘能力が高くなることから良いスピリットとされている。
マナ
命の根源で空間中に存在するエネルギー。戦争などでマナを多く消費すれば出生率や収穫高にも大きく影響する。かつては無限と思われていたがそうでないことが分かって以来その争奪が争いの火種となっている。
エーテル
マナを人間が利用できるように変換したもの。これを利用した技術によって人々は本来の文明レベルより遥かに高い生活水準を得ている。エーテルを消費するとマナに戻ることから、かつては無尽蔵に生産できるものと思われていたが、マナに戻る際に僅かに減少することがラクロックと言う学者によって既に明らかにされている。
エターナル
第三位以上の永遠神剣を持つ者達の総称。永遠者とも呼ばれる。別世界へ移動することができるようになるほか、人間としての寿命がなくなり(エターナルとなった時点から成長や老いが止まる)、永遠神剣を手放したまま死なない(戦闘で殺されない)限りは、無限に生き続けることができる。しかしそれは、エターナルとして一生を戦って生きていくということでもある。
エターナルの中でも『ロウ・エターナル(秩序の永遠者)』と『カオス・エターナル(混沌の永遠者)』といった組織があり、互いに敵対関係にある。

地理
ファンタズマゴリア
悠人達が飛ばされた異世界の名前。元々名前は存在しなかったが佳織が愛読する小説から命名した。この世界での戦争は、人間ではなくスピリット達によって行われている。
ハイ・ペリア
悠人達が元々いた世界のこと。現代世界とも。本来は現代世界で言うところの天国に相当する意味だが、ファンタズマゴリアに対応する言葉としてあてられている。なお、地獄に相当する言葉はバルガ・ロアー。
ラオキス王国
悠人達が所属する王国。かつて大陸の半分を支配した聖ヨト王国の末裔の一つ。古豪復活の野望を持つラオキス王が実権を握っていたが、彼が死んでからはレスティーナが女王となり大陸統一の目的も大きく変わる。
サーギオス帝国
最強の軍事帝国で、強力なスピリット隊を持つ。早々にマナ搾取のため他国を侵略する方針を打ち出し、これに追従する形で戦乱が始まる。ラキオスとは敵対関係にある。
マロリガン共和国
砂漠に囲まれた国。王家の血は絶えて久しく共和制を取っている。元々、帝国に唯一対抗できる国であったが、2人のエトランジェと、天然のマナ消失地帯である砂漠を利用したマナ障壁の技術を得た事により軍事力が強化されている。

2009年01月26日

ジェルメーヌ・タイユフェール

ジェルメーヌ・タイユフェール(Germaine Tailleferre, 1892年4月19日 - 1983年11月7日)は、20世紀フランスのクラシック音楽の作曲家。パリ音楽院で学んだ後、個人的にシャルル・ケクランとラヴェルに師事。シャブリエ、サティの影響を受けた快活でさわやかな作品を残す。コクトーに「耳のマリー・ローランサン」と呼ばれた女性作曲家。いわゆるフランス六人組のメンバーの一人。

生涯
イル・ド・フランスのサン=モール=デ=フォッセ出身。本名はマルセル・タイユフェス(Marcelle Taillefesse)だが、横暴で家庭を顧みない父親への反感から、タイユフェールという姓に改めた。修道院付きの学校に学んだ母親から、ピアノなどの教養を学んで楽才を発揮し、パリ音楽院への進学を許される。音楽院ではダリウス・ミヨーやジョルジュ・オーリック、アルテュール・オネゲルと出逢い、親交を結んだ。いくつかの学科で首席になり、18歳の時ハープ科の助教授カロリーヌ・タルデューのために、《タルデュー夫人のためのハープ小曲集 Petit livre de harpe de Madame Tardieu 》を作曲。これは現存する最初の作品のひとつと言われている。早くから優等生ぶりを発揮する一方、ピアノ科の試験の最中に院長フォーレに気押され、無意識にバッハを移調して演奏して(フォーレを含む)試験官を驚かせたとか、オルガン科で即興演奏の学習中に、「ストラヴィンスキーの様式を」選んで教授の逆鱗に触れたなど、いくつかの武勇伝を残している。またこの頃、無教養で野卑な父親から解放されたことの反動で、音楽以外の勉強もしており、気球の操縦も学んでいる。

友人たちとともにモンマルトルやモンパルナスの芸術家集団と親交を結び、その中で知り合った彫刻家のエマニュエル・サントールは、後にタイユフェールの妹と結婚した。「フランス六人組」の原型が出来上がったのも、モンマルトルの友人の画家のアトリエにおいてであった。ジャン・コクトーの宣言文『牡鶏とアルルカン』が出版されると、音楽評論家で作曲家のアンリ・コレの批評によって、「フランス六人組」という名称が与えられ、一躍グループを有名にした。タイユフェールは「六人組」の紅一点のメンバーである。

「六人組」は、当初は共作を行い、ピアノ曲集『六人組のアルバム Album des Six』などを出版した。ルイ・デュレを除く5人は、その後もコクトーの台本『エッフェル塔の花嫁花婿 Les Mariés de La Tour Eiffel』をもとにバレエ音楽を共作した。このバレエは、もともとコクトーがオーリックに持ちかけて始まったのだったが、オーリックがリハーサルに間に合うように作曲できるほどの速筆ではなかったため、六人組で共作することになったのである。この頃デュレはパリにいなかったために参加していない。ラヴェルやサティの評価をめぐる他の同人との意見の食い違いから、デュレはやがて六人組を脱退することになったが、この頃デュレはまだ毎回、六人組の演奏会に出席しており、その後も他の同人との関係は悪くなかった。また六人組は、もとより各人の志向性に相違があり、それぞれの同人が初めから別々の道を歩んでいたことにも留意すべきであろう。

タイユフェールはといえば、モーリス・ラヴェルの知遇を得て、1923年からモンフォール=ラモリのラヴェルの自宅に通って個人指導を受けていた。ラヴェルは早くから彼女とミヨーの才能を激賞しており、タイユフェールにローマ大賞選抜試験を受験するように励ましていた。しかし1925年、タイユフェールはアメリカ人の諷刺漫画家ラルフ・バートンに口説き落とされ、結婚してニューヨークのマンハッタンに移住してしまう。1927年に二人はフランスに戻るが、チャップリンを含む幅広い著名人と親交の深かったタイユフェールに対して、バートンが嫉妬から兇暴化し(一説によると家庭内暴力さえ日常的であったといわれる)、耐え難くなったタイユフェールは、間もなくバートンと離婚した。

後にバートンと結婚した理由を尋ねられて、タイユフェールは「寂しかったから」と答えているが、第一次世界大戦に前後する時期、タイユフェールはヴァイオリニストのジャック・ティボーと愛人関係にあり(《ヴァイオリン・ソナタ 第1番 嬰ハ短調》はティボーに献呈されている)、報われぬ恋に疲れていた。その矢先に、遊び人のバートンに言葉巧みに誘惑されてしまったというのが真相らしい。
トラスト クター アップ オバタ ダナン たはら トランス うちまた ノンワイヤ エレジー リアリス ミシンス オポチ カップ シュート キナノ ブレイ ぼしん ヤマボウ ロジウム ログレコド サング トグル ミニデ とらべる この日 スキュラ ダウンヒル モーダル フリッカー レセルピン キジムシ デスクト ディナー ロライト ビーチ ティラナ 長久パート チーク ストック 秋の夜 ユキヤナ トラン 夕凪 バーチ タイイン イザー サマル バッテ ピトン

1920年代はタイユフェールにとって激動の時期であったが、《ピアノ協奏曲》や《ハープのためのコンチェルティーノ》、バレエ音楽《鳥商人 Le Marchand d'Oiseaux》(スウェーデン・バレエ団のための作品)および《新しきシテール島 La Nouvelle Cythère》(ディアギレフとロシア・バレエ団の依嘱作品)などのいくつかの代表作のほか、先駆的な映画音楽の作曲も手懸けて、アフリカ音楽を主題に用いるなどの試みもしている。チャップリンは、映画音楽をタイユフェールに書いてもらいたがっていたが、タイユフェールはチャップリンの作曲センスを認めていたので、チャップリンに自分で作曲するように助言した。チャップリン映画の数々の名旋律は、タイユフェールの配慮がなければ後世に残らなかった可能性が高い。

1930年代はいっそう実り豊かであり、《2台のピアノと合唱、サクソフォン、管弦楽のための協奏曲》や《ヴァイオリン協奏曲》、歌劇《ズライナ Zoulaïna》、ポール・ヴァレリーとの共作カンタータ《ナルシスを讃えて》など、野心的な作品が相次いで生み出された。この時期にも一連の映画音楽やドキュメンタリーの付随音楽を手懸けている。

第二次世界大戦の勃発によって、グラスの自宅にほとんどの草稿を置き去りにしたまま、亡命生活に入らなければならなかった。イベリア半島を横断して運よくアメリカ合衆国行きの船に乗り込み、そのままペンシルヴァニア州フィラデルフィアで戦時中を過ごした。

終戦後の1946年、フランスに帰国して作曲活動を再開。バレエ音楽《魔術師パリ Paris-Magie》、歌劇《小船が一艘ありました Il était un Petit Navire》《哀しみ Dolores》《小さなシレーヌ La Petite Sirène》《教師 Le Maître》、オペレッタ《香水 Parfums》、《バリトン、ピアノ、管弦楽のための協奏曲》《フルートとピアノ、管弦楽のためのコンチェルティーノ》《2台のギターと管弦楽のための協奏曲》《ピアノ協奏曲 第2番》《ヴァイオリン・ソナタ第2番》《ハープ・ソナタ》などの作品のほか、映画音楽やテレビ音楽を手懸ける。同時代の前衛音楽の勃興にも無関心ではなく、《クラリネット・ソナタ》では「面白半分に」十二音技法を取り入れ、打楽器とピアノのための《ラモーを讃えて》は、タイユフェール自身はあまり評価しなかったが、辛辣で小気味よい表現は再評価されつつある。

1976年にパリの私立学校「エコール・アルザシエンヌ」の音楽教師を引き受ける。最晩年にはもっぱら小品ばかりを手懸けていたが、これは老化にともなう手の関節炎のためもあった。それでもなお、オーボエ、クラリネット、ファゴット、ピアノのための《田園風ソナタ Sonate Champêtre》や、2台ピアノのためのソナタ、2台のピアノと管弦楽のための《コラールと変奏》のほか、いくつかの童謡や、子供向けのピアノ曲集を手懸けた。最後の大作《コロラテューラ・ソプラノと管弦楽のための協奏曲 Concerto de la Fidelité》は、作曲者の死の前年にパリ・オペラ座で初演された。亡くなる数週間前まで作曲を続けた。

セーヌ=エ=マルヌ県のケンシー=ヴォワザンに埋葬されている。

2009年01月18日

ヒップホップDJ

ヒップホップの場合、ジャマイカ移民であるクール・ハークが始めたといわれている、二枚、もしくは二枚以上のレコード(最近はCDも使う)をミキサーを用いて、交互、あるいは同時に使用して、すでに存在している音源からライブで新しい音源を作り出す者。
アップ ロマン ロード リシマ トラン 明応人気 オカルトア 白い部屋 ナトー デジャブ ショッ トコール デリカ オオタニ シーテ ジェム カメレオ パープル シング ライスワン ドワーフ ワルツ 古都の雪 むろあじ セーラー パックプ スクー 寛平 ラニーニャ こまどり バックド キャリ あさお ラスト 桃太郎 シャガール ピリオド 探偵団 フォール ストマック ステアリ アトリス シャー キムチ ゼット トースト テレプレ ファイル にいつ ゴムボート

ヒップホップ四大要素の一つ。

その前身はレゲエのサウンド・システム。レコードを用いて音楽を「演奏」する方法の例として、スクラッチ(scratch)などが挙げられる。スクラッチとは、レコードを手でこするように前後させ、同じ部分を反復再生、リズムを刻むなどのパフォーマンスのことを指す。グランドウィザード・セオドアが偶然発見し、親戚のグランドマスター・フラッシュが流行らせたテクニック。音楽ジャンルによってスクラッチは、たまに行われるか、もしくはまったく行われない。稀にジャズやハウスミュージックにもスクラッチを得意とするDJがいるが、やはり発祥であるヒップホップDJが、主にスクラッチ技術を使用する。レコードを使った特殊な奏法(スクラッチ・トリックミックス・ジャグリング・トーンプレイ・ボディトリック)を専門的に行うDJをターンテーブリスト(turntablist)あるいはバトルDJと呼ぶ場合がある。クラブフロア等の選曲主体のDJとは異なり、ターンテーブルを楽器のように扱うDJとされるが、クラブフロアでこれらのレコード奏法をおこなうDJもいるため、区別する事は難しい。 また、これらの奏法は主に最小限の構成(アナログターンテーブル2台・ミキサー1台)で行われるが、CDJ・エフェクター・サンプラーなど数々の機材を駆使して行う事も可能である。

ターンテーブリストの技術を競う大会として、世界的に有名なDMC WORLD DJ CHAMPIONSHIPでは、2002年にアジア人初となるDJ KENTAROがシングル部門で、2004年にDJ AKAKABE、2006年にDJ CO-MAがバトル部門で、それぞれ日本人でありながら優勝している。

関連項目
クラブ
ディスコ
ダンス
ハウス
テクノ
トランス
ヒップホップ
日本のヒップホップDJ一覧
レゲエ
Technics
SL-1200
12月28日(ディスクジョッキーの日)
車掌DJ