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穆王(ぼくおう、? - 紀元前614年)

穆王(ぼくおう、? - 紀元前614年)は中国春秋時代の楚の君主(在位:紀元前626年 - 紀元前614年)。姓は羋、氏は熊。諱は商臣。成王の子。父を殺して王位に就く。暴君として知られる。

名君として知られた成王は、商臣を太子として立てようとしたが、令尹の子上にとめられた。曰く、「君は未だ老いておらず、太子を立てて他の公子を退けるのは内乱のもとです。楚では太子として立つのは年少の公子と決まっています。その上、公子商臣は蜂のような眼つきで酷薄な人です。太子にしてはいけません」しかし成王はこれを聞き入れず、商臣を太子とした。

この事を知った商臣は子上を恨み、のちに子上が晋との戦いで、戦わずして逃げ帰ってきたときに、成王に讒言した。成王は子上を殺した。

その後、成王は商臣を廃し、公子職を太子に立てようとしたが、商臣はいち早くこれを察知し、成王を攻め殺して王位についた。これが穆王である。

即位した穆王は周辺諸国を次々と滅ぼし、容赦ない略奪を行ったので諸侯は大いに恐れた。

当時の覇権国家の晋では襄公が急死した事もあって、国内が混乱しており、楚はその隙を突いて次々と諸国を屈服させた。鄭・陳・宋・魯などの諸国は、みな晋を離れて楚についた。

太子の旅は後に春秋五覇の一人に数えられる荘王となった。

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2009年04月17日 13:20に投稿されたエントリーのページです。

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